2009年7月3日金曜日

日米混血ヒストリー、その2。


前回言い残した「もう少し濃い...」と言えば、やはりクライスラーですかね。もう少し、どころじゃなくかなり濃いかもしれません(笑い)。

'70~'90年代にかけては三菱車を、まんま3ブランドごと(後期にはEAGLEにも)にリリースしておりました。コアなアメリカ車ファンならご存知でしょう。

当時の三菱ラインナップが面白いように発掘出来ます。ギャランシリーズ、ミラージュ、レアなとろでランサー・セレステなど。


最近見事に復活を果たし話題のダッジ・チャレンジャーの2代目という大役をギャラン・ラムダが担っていたところが笑えます。
この三菱とのパイプはかなり太かったようでこれ以降~比較的最近まで一部のクライスラーモデルの心臓部が三菱製でした。'98モデル辺りのセブリング・コンバーティブルなんてカッコ良かったです。

この2社の関係に限らず、フォードはマツダとの連携によりプローブを誕生させたり…とクルマ造りの哲学を教わった恩師に今度は技術協力をする、という“持ちつ持たれつ”関係が見えてきたのもこの頃でしょうか。

その後も日米のメーカーが連携の垣根を越えて色んなモデルを兄弟車として投入してきました。前回お話したGMはトヨタの他にグループであったいすゞとの合作を投入し、フォードも日産との間にミニバンやSUVを誕生させたりなど。しかし、こういった傾向も見かけなくなりましたね。10年ひとサイクル、ほんの僅か前の事ですが今となって振り返って見るとそれぞれの時代にそれぞれの戦略が見えて面白いです。

最後に...このクルマに“サッポロ”と名付けたプリムスの意図はどこにあったんでしょう?

1 件のコメント:

ma ma さんのコメント...

70年代半ばの三菱の国内向け総合カタログには、インペリアルやフューリーが自社のラインナップとして載ってる時期がありました。 実際に販売されたかどうかは解りませんが、面白い時代だったんですね。